「夏の思い出」(続き)

君がいた夏もっとも、正当な理由を持って申請すれば許可をくれるらしいのだが、正当な理由っていうのが良くわからない。家計が厳しく…弟の進学費用の為に…と言えば涙を流しながらOKしてくれるのかと。ていうか「教授よ、こんなあほらしい規則の違反者摘発に時間を使うくらいなら学校の授業に力を入れてくれ」と、成績があまり良くなかった事を棚に上げ、売り場のテーブルに隠れながら何度も思ったものだ。

そんな訳で、バイト先の先輩も含め3人の女子がバイト中急に、「ごめん、ちょっと隠れるわっ」といって売り場のテーブルの下に身をひそめるなんて日常茶飯事。その度に事情を知ってる店長が面白がって引っ張り出そうとして大騒ぎになるなど、思い出しただけで笑える話だ。

その先輩がバイトを卒業して、私とJ子の2人だけになった最初のギフトシーズンに、助っ人で大学生の男子2人が入ってきた。(以後A・Bと呼ぶ) 2つ年上の彼らとはバイト終わりに、よく4人でドライブしたり食事に行ったりしたけど、2人とも今まで会った事がないタイプだった。この2人といると不思議な感覚に襲われるのだ。 彼らの考えやファッション、日常会話、行動に至るまで、自分たちが今まで体験したことがない世界であり、何故か非日常を感じさせてくれた。彼らの話すこれまでの武勇伝を聞いているうちに、どんどんその甘美な世界に引き込まれ、夢の中にいる気分になっていた。見た目は全くタイプではなかったが…。

夏のデパ地下は地元の大学生たちの格好のバイト先で、女子たちはあの売り場の人カッコいい!とか、ギフトセンターの彼がいい!とか言って浮かれ、男子も仕事の合間にお気に入りの女子と連絡先交換するなど、男女問わずキャッキャしていた。私も例外ではなく他の売り場のバイト男子が気になっていた。 その男子は珍味売り場の近くにある漬物売り場で働いていたのだが、名前が分からなかった為、その漬物屋の名前で勝手に呼んでいた。その売り場の前を通ったり、社食で姿を目にするとドキドキしたものだ。彼とどうこうなろうって事でなく彼を想ってドキドキするのが楽しかった。そう、片思いは楽しい。

J子とその話題で盛り上がるのは勿論、バイト仲間である彼ら2人にもその事は話していたのだが、なぜかAは、私と漬物屋の彼が付き合ってると勘違いし、なぜ近くにいるのに私を無視する、あいつの態度は許せんとひそかに襲撃計画…じゃなくて(笑)、呼び出して問い詰めてやろうとしてたらしい。
この事を聞いたのはJ子からだった。

実は当時私には、ほぼ破綻していたとはいえ付き合ってた人がいた為、J子は私を除いて彼らと3人で遊んでいたらしく、その時にこの一件を彼らから聞いたらしい。
Aから聞いたJ子が「いや、○○と漬物屋とは付きあってないし。何考えてるのよ」と慌てて止めたとのこと。そして続けてJ子から聞いたのは「Aくんがそう思った理由がね、Aくん、○○(私)のこと好きなんだよってBくんがばらしたのよ。好きな女の子を悲しませるのが許せなかったって。Bくんは黙って見守ってたらしいの」という事実だった。

「ついでに言うと3人で遊んでるうちに、実は私、Aくんの事好きになってたんだけど、この件でAくんは○○が好きだったっていうのが分かってさ。。ショックじゃない訳じゃないけど、でもあーそうだったんだ。Aくん、○○のこと無関心な感じで装ってたけど、ホントはいつも○○の事考えて接してたんだなって。。。自分の気持ちをばらしたBくんに、”おまえ何で言うんだよー”ってふてくされてるAくん見てたら、なんか自分の気持ちなんてどうでもよくなっちゃった」と笑いながらJ子が言うのを聞きながら、何とも言えない気持ちになった。
勿論最初は「勝手に付き合ってるとか私が悲しんでるとか勘違いしてた上に、何バカなこと考えてんのよ」って思ったけど、Aの私に対する態度を思い出すにつれ、そうだったんだ、あーそうだったんだと心がじわじわとあたたかくなる感じがしてきた。

何を考えてるのかつかみどころがなくて、自分のテリトリーには入りこませないところもあったけど、でも構ってほしい態度を取ったりと可愛いところもあったり。。それに勘違いからホントに襲撃計画(笑)を実行にうつそうとした今回の件なんて、普段の彼からは想像できないすごいギャップ。その後、何で告白しないの?と聞いたJ子に「漬物屋の件はなかったとしても、他に男がいそうだからさ…」とのこと。 
意外とAは小心者だった。

その事実を知った後も、Aと私の関係が何か変わったわけでもなく、私もそのことには勿論触れることもなく、普段通りに楽しくバイト生活を過ごしていた。好きとかそういうことではなく、もっとAに向き合ってみようかなとも思ったが、そのまま時が過ぎ、 夏休みが終わる頃、彼らはバイト先を辞めていった。
最後まで何も言われることはなかった。

これまでの関係を思えば連絡を取り合ってその後も会いそうなものだが、不自然なくらい何もなかった。

彼らに会っていたときに感じたように、きっと私は夢の中にいたのだ。あの夏休みは長い長い夢の中にいて、今は夢から覚めたのだ。

そう自分を納得させた。  

彼らと会うことは二度と無かった。


 

付かず離れず、絶妙な距離で接してくれ、そして何よりも本当に優しかったA。
いつの間に私の中でAの存在はとても大きくなっていたことに、随分後になって気付いた。

その後何人かの男性との出会いがあったが、未だにAのような人にはめぐり会っていない。

もし願いが叶うなら、もう一度あの夏休みに戻ってみたいと思う。

今ならAとの関係も変わっていたかもしれない。

いや、変えられたかもしれない。

ブラインド越しの青空を見ながら、ふとそんなことを思った夏の終わりの午後だった。 (Y.Miura)


 


「夏の思い出」紹介に戻る